『子どもたちを放射能から守るために』
菅谷昭・著  亜紀書房 2011.6月刊 
   
 著者はチェルノブイリ原発事故被災地の
 医療支援をした医師で、現・松本市長
 これから日本で起きてくるであろうさまざまな問題を
 最小限にくいとめるためにも
  
                    『放射線被ばくから子どもたちを守る』
                    NPO法人セイピースプロジェクト編
                              旬報社  2011.8月刊  
                    
                    子どもたちの命と未来を守り、日本社会に
                    「生存権」を確立するために


   生まれてきた子どもたちが、生まれてくる子どもたちが
   「生まれてよかった!」と ほがらかに言えるようにするのは
   私たち大人の責任です。
                      (※緑字は各々の本文まえがきより)  

 『へいわって どんなこと?』
 
        浜田桂子作  童心社 2011.4月刊 
    〈日・中・韓 平和絵本シリーズ12冊のうちの1冊〉

「きっとね、へいわってこんなこと。」と こどもたちは考える。

  「ばくだんなんか おとさない。」
     ・ 
  「いやなことは いやだって、ひとりでも いけんが いえる。」
          ・
  そして
  「へいわって ぼくが うまれて よかったって いうこと。」
  「きみが うまれて よかったって いうこと。」

やさしい言葉で平和の核心をつく。
平和とは、あたりまえの 健やかで穏やかな日常の連なり。 

    『あしたは晴れた空の下で』        
        
       中澤晶子作  小林ゆき子絵  汐文社
 
  「ぼくたちのチェルノブイリ」と副題のついたこの本は1988年7月に
 出版されました。(初版本画家は國本善平) 

   「1986年、チェルノブイリで起こった史上最悪とされる原子力
   発電所の事故。放射能の恐怖は世界に広がっていく・・・。
   ドイツに住む日本人の少年・トオルがみたものとは」(帯・カバー文)

  そして、この7月
 「こうなるまで、私たちは何をしていたのでしょう」という

 言葉とともに緊急復刊されました。
 広島在住の著者は ”復刊にあたって” にこう書いています。

   
三月十一日の事故後、『あしたは晴れた空の下で』を読んだ
  横浜の中学生から、こんな感想が寄せられました。
  「チェルノブイリの事があったのなら、なぜ同じことがおこらないように
  しなかったのでしょう。」 
  私は「そのために」書いたはずでした。
  けれども気がつけば私たちは、「もっと便利に、もっと明るく」と
  電力を湯水のごとく消費し、その結果、地震列島に五十四基もの
  原発が乱立する状況を許していたのでした。
  ・・・・・・・
   これまでの私たちの暮らし方はどうだったのか、
  原発に頼るエネルギー政策はどうだったのかを見直し、
  みんなで考え、知恵を出し合って、「安全な未来」を
  作らなくてはなりません。

   本当にその通りだと思います。
  原発が乱立する状況を許しているつもりは無かったのですが、
  乱立されているのを知らなかったのです。
  新聞は毎日読んでいます。
  NHKニュースも毎日見ています。
  「いついつ、どこそこに、原発を新設。みなさん良いですか?」
  という記事やニュースは、はっきり大きくちゃんと出ていたのでしょうか。
  近視で老眼の私が見落としていただけでしょうか。

   3・11以降 毎日なされたテレビ解説は、原子力発電の仕組みや
  事故の様子が少しでも理解できるかと、まじめに見聞きしました。
  やはり、本体はもとより使用済み燃料というものも大へん厄介なものだと
  つくづく思いました。

   信頼できる情報を得て、考えて、行動する。
  今まで以上に気合いを入れてやっていかないといけないのですね。 
     
  


 『わたしのなかの子ども』
    シビル・ウエッタシンハ  松岡享子訳  福音館書店 

     
「今日までずうっと わたしのなかにある子どもが
     わたしの道をみちびく光でありつづけたのです。」 
     

      スリランカを代表する絵本作家シビル・ウエッタシンハは
     ゴール郊外の小さな村で生まれ、学校へ上がるために
     都会に移り住むまでの6年間をそこで暮らしました。
       
      これはシビル・ウエッタシンハの幼ものがたりです。
      
      楽園にいるようなのどかな日々、
      占いが生きている生活風習、
      洪水がきてもへこたれず助け合う村人たち、
      知らない言葉の格言をぶつけ合って喧嘩する嫁(母)と姑(祖母)、
      行商人や旅芸人、
      村の大人たちがお正月を祝うために何ヶ月もかかって準備する
      その手始めは子どもたちのためのブランコ作り、
      娘がブランコに乗ったといって怒り狂う許しがたき向かいの男、
      大らかな愛情を注いでくれる父親、
      物語や歌を聞かせてくれる母や祖母。

      「わたしのなかにある田舎者の純朴さを愛している」という著者は
     美しく味わいのある挿絵を添えて、気どらず愉快に淡々と幸せな
     日々を語っています。

     
         「 子どもと
          おとなは
          ひとつになって生きる
          完全に調和して
          この上なく平和に
          わたしの内にあっては・・・ 
」  という著者は

         「 世界中の子どもたちを
           ひとりのこらず
           たのしませ
           夢中にさせ
           ふしぎの国につれていく  
」 ことを願っています。

     
     『きつねのホイティ』 松岡享子訳 福音館書店
     『かさどろぼう』 猪熊葉子訳 徳間書店
     『ねこのくにのおきゃくさま』 松岡享子訳 福音館書店
              
      
     

  『かさもって おむかえ』
  
          征矢清さく  長新太え 福音館書店(1969) ¥840

   「ゆうがたになって きゅうに あめが ふりはじめたので
   かおるは おとうさんを むかえに えきに いきました」
   電車を何台待ってもお父さんは降りてきません。
   待ちくたびれたかおるのところに、オレンジ色のとらねこがやってきて
   お父さんの乗り換え駅まで行ってみたらどう と言うのです。
   かおるはなんだか楽しいきもちで、ねこに連れられ電車に乗ります。
   ところが、かおるとねこが乗り込んだ車両は
   「おどろくことはないよ。みどりいろのでんしゃは どうぶつせんようしゃ
   なんだ」 だったのです!

      「あめふり ざんざんぶり 
            かさ もって おむかえ

  
   
    もう50年以上も前になりますが、私も”かさもって おむかえ”を
   しました。
    あの頃は、世の父親たちの帰宅時間をそれぞれの家族が
   だいたい把握できていたように思えます。
    携帯電話はもちろん無い時代、黒いダイヤル電話もうちには
   無かったのに、母は そろそろ帰って来る頃と傘の用意をし
   幼い私はカッパを着せてもらって、くっついて行きました。
    波平スタイルの父と途中で出会うこともあったし、
   数台待っても降りて来ず、「また飲み屋さんで雨やどりやわ」
   という日もありました。
    駅構内や駅前辺りをちゃんと思い出せますが
   もうすっかり変わってしまったことでしょう。
   阪神電車武庫川駅・・・私の幼年時代の最寄り駅です。
  
     
      


えほんてなブル

1984年、広島ではじめてオープンした児童書専門店です。
小さな店ですが絵本から読み物まで定番をきちんとそろえています。

住所:広島市中区中町1−26
ヴェル袋町公園2F
TEL&FAX:(082)247-8920

定休日:月曜日・第5日曜日
営業時間:11:00〜18:00
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